おしゃべりな雨

雨粒の会話 空の雲の層から滴って、私たちの頭上に降り注ぐ雨粒たち。雲は雨の母親みたいですね。その雲は何千キロも、細くたなびいてみたり、積もり積もって雲の山脈になったりしてみる旅人です。

では、雲はその前に何処で何をしていたのでしょう。海洋の一滴あるいは大河の流れの小さな雫だったのでしょうか。太陽の熱で昇り、また、蒸気になり群れる雲たち。そして、再び水滴を成して産み落とす。

太古の昔から、この循環過程を何億回以上も繰り返してきているのですね。しかも、この地球の大気圏外には絶対に逃亡せずに、巡り巡って地を潤し、生き物の命を支えたり洗い清めてきました。

では、地球上の人類歴史を垣間見てきた雨の水滴から、その経験を尋ねるのも愉快なことに違いないのです。雨が降り出したので、早速、耳をしっかりと傾けてみました。

「ザーザー!」「ポチャン!」「ピシャッピシャッ!」
はじめはこんな音色しか聞こえてきません。濡れるのを覚悟して、もう少し近づいてみました。

「シト・シトッ・・・。」「・・・・。」「クス・・クス・・・。」なにやら、囁く声が聞こえてきました。

じっと待つこと10分ぐらいでしょうか。賑やかな井戸端会議が聴こえてきました。やがて、驚きです。「ぺちゃくちゃ。」と会話を楽しんでいます。雨粒達はとてもお喋りなのでした。

昔から最近まで自分の見聞きしてきた楽しい話をしたくて仕方ないようです。話題が尽きることなく話し続けています。楽しそうなので、彼女達の会話をそっと盗み聞きしちゃいました。

「エーッ!あなたはエジプトでしたの?」

「そう、あの時はクレオパトラの水瓶の中でしたわ。私はクレオパトラの侍女の娘が好きでしたのよ。」

「クレオパトラはどうでしたか?」

「侍女たちには、ちょっと意地悪だったわ。怒っていることが多かったわ。」

「まあ、意外ね。そうなんだ。」

「自分の鼻が鷲鼻だったから、かわいそうに・・・鼻にコンプレックスを持ってたみたいだったわ。」

「まあ!そうでしたの。」

「水差しの中の私を飲み込む前に、独りの時に鏡の前でつぶやいていたわ。」

「まあ、そうなの。それで、彼女の”体内の道”は、どうでしたか?」

「まあまあでしたわ。きれいなほうだったような気がするわ。その後、私は体外に出されてから、ナイル川の水の仲間達としばらく旅したわ。」

「良い経験でしたわね。私も聖徳太子の”体内の道”を一度だけ、通過しましたのよ。やはり、現代人とは異なって、きれいでしたわ。人間だけではなくって、多種多様な生き物の”体内の道”を通過するのも、楽しいですわね。今度はどんな雨粒としての生涯になるのか、楽しみだわ。」

「そうね、私にはまだ達成してない希望があるの。それはエヴェレストの頂に清い雪として降りることなんですよ。本当は人間が登頂を果たす20世紀よりも前に降りたかったのですが・・これだけは風さんの気分次第ですものね。でも、まだまだこれからですわ。あきらめていないのよ。」

「そう、そう。私も同じですよ。ところで、これまで私は海に降りることが多かったので、今日は人間の街に降りられて嬉しいわ。」

「でも、人間は私達が大勢になって降りると大騒ぎしますわね。」

「そうね。人間が崩した天地のバランスを元に戻すために、私達が力を合わせて頑張ってるのに・・分かろうとしないわね。災いだ!とばかりに捉えるんですものね。」

まあ、そうだったんだ。雨に対するわたしの見方が変わりそうです。

「そうそう、風さんもそう言ってたわ。」

「でも、仕方がないわね。短い命しかない人間にとっては、なかなか、悟る時間もないのでしょうからね。」

なんという寛仁態度な雨粒たちなのでしょう。よかった、よかった。

「ええ、考え方に限界があるようですわね。」

「一人一人によっても、違いますしね。」

「そうそう、私はナポレオンと徳川家康も含めて一万人以上の人間の体内の道を通ってみたけど、全員が異なっていたわ。それに、殆どの人が考え方も、少しずつ違っていたわ。」

「そうですよね。」

「ね!ね!今度は、どこのどんなことを体験できるのかしら。人間なら、どんな人の”体内の道”を通るのかしら。楽しみね!」

まだまだお喋りは続いていましたが、私は、部屋へ戻ることにしました。自然界の雨粒たちにまで、観察されている人間の世界にいる私としては、これ以上彼女達の会話を盗み聞きするのも、畏れ多く感じたからです。
でも、とても楽しい雨の日のひと時でした。

雨粒が囁いてくれました。
あなた方の外も内もいつも見ています
いつまでも美しい体内を保っていてね。
そのために、美しい景色と調和する美しい人間でいてね。
だって、いつまでも、あなた方を守りたいのですもの。

(by 徳川悠未)