樹の出世街道

木々の会話 ここは、緑豊かな森の入り口です。私は、これから樹木の世界の友人たちの中へ飛び込もうとしています。彼らにも人間界のような「出世街道」なんてあるのでしょうか。

足を一歩踏み入れ雑木林の木立の中に来ました。ザーッという風の音に混じって木々の囁きの声が聞こえてきます。杉、松、楢(なら)、樫(かし)、欅(けやき)、ひば、カヤ、桂、檜(ひのき)、ブナもいます。大きく立派な檜(ひのき)に質問してみようと思います。

「樹木の世界にも出世街道があるの?」

「出世?あるに決まってるよ。蔑視されて差別されるのは僕たちだって嫌だからね。エリートとかセレブになりたいさ。人間社会の出世競争など問題にならないほど壮絶だから、真剣なんだよ。」

杉の木が、向かい側から口を挟みます。ちょっと強気です。
「そうだ、そうだ。人間の君だって、もう杉の僕じゃなくて檜くんを選んで、差別したじゃないか。それがなくならない限りは、僕は特に出世街道をまっしぐらに走らなきゃならないわけさ。」

もう、こちらは何も語らないほうが良さそうです。黙って聴くことにします。

「僕達はこれから、もっと大きくなって立派な木材になるのさ。皆、それが人生じゃなくって樹生涯(じゅしょうがい)の本当のスタートなんだ。」

「樹として大切に扱われる生涯を送れるか、卑しい生涯になるかが決められていくのでね。」

樫の木「僕らの出世街道には、暗黙の決まりがあってね。最高の出世が1位とすれば最低の7位まであるんだからね。」

松の木「檜くんは、常に3位を維持できて、いいなあ。」

「人間社会でヒノキ風呂が流行ってくれてるお陰だよ。」

「浴槽は扱われ度では第3位なので、いい生涯になるのさ。」

「それでも、君だって建築された家の大黒柱になれば、次の第4位にはなれるさ。」

「なれなきゃ、次の5位は、家のフロアーや柱などの素材だからね。」

「家具になれれば、まずまずの第6位だな。それでも僕はいいかな、と思って満足してしまうこともあるけどね。」

「ま、それならいいさ。なりたくないのはトイレの床さ。臭いし、馬鹿にされるんだ。」

会話はいつの間にか、活発な議論に化して、誰がどの発言をしているのか、私には分からなくなってきています。しかし、彼らのステータスだけは推察できました。でも、第1位と2位のいわゆるセレブ級は何でしょう。続きを聞きます。

「トイレの床にされて、人間に尿をかけられて7位に降格しても・・・同じ僕の仲間が、出世街道のスーパー級で第1位の位牌ってこともあるから、生涯は最後まで分からないぜ。」

次々に会話が飛び交います。
「いや、君はせいぜい第2位と7位のミックスさ。」

「僕が、2位のお守り止まりだ、とでも言うのかい。だったら、見ててくれよ!必ず、この森で出世第1位になって見せるさ。僕には運が付いてるんだから。」

「僕は昼も夜も寝ないで命がけで頑張って、大きく太く立派になって、人間の位牌になってやるんだ。」

「第1位の位牌になっても、一部はトイレの床にされてるぜ。最低の臭い7位になっているってことさ。だから、僕らの社会では大目に見ても、総合で評価するんだから、せいぜい第6位ってことで、出世街道は行き詰まりだな。」

どうやら、樹木の出世の第1位は人間の死者の位牌だ、と分かってきました。そして、第2位はお守りの札なんだそうです。なるほど、丁重に扱われますものね。なるほど!なるほど!納得です。あらら、何やら彼らが怒り出しています。

「僕の材質のせいじゃないのに・・がっかりだよ。人間が矛盾してるんだよ。」

「うん、確かにね。同じ木材なのに、トイレの床にしておいて、切れ端の方を位牌や守り札にして、大事にして拝むんだからさ。人間の扱い方には、僕らはムチャクチャ混乱させられて、変な気分さ。」

「僕らに霊力が宿ることにしてるよね。僕らは、水気が完全になくなるまで呼吸をし続けてるだけなのにさ。」

「人間の愚かさを、今更、どう言っても仕方ないだろう。昔から、そうなんだからさ。」

「もっと、人間には頭で論理的に考えて欲しいよ。僕たち樹木の気持ちとかもさ。」

「無理無理!あきらめなよ。どうせ、気がつくわけがないよ。深く考える人間がいないのさ。」

「それより、僕は考えたんだが・・人間のせいで樹木社会に格差が出来ちゃって、出世街道を歩むのが当然になってしまったけどさ。問題は、そんな矛盾と無知に気付きもしない人間の恥知らずな使い分けのせいなんだよ。僕たちがそれに支配されて、こうして論議してるんだぜ。ばかばかしくなってきたよ。」

「そうだよ。そもそも、出世したからといって、どうなる?結局、伐採されて死んじゃうんだぜ?出世なんて永遠じゃないぜ。ナンセンスだよ。」

「僕もそう思うよ。影響受けて動揺させられている僕たちが確りしなきゃならないんだよ。僕たち仲間の生き方を観察して、自分と比較しなくてもいいんだよ。自分の生涯を送ればね。騒ぐことがおかしいぜ。」

「そうだそうだ。気にしないでゴーイング・ウッド・ウェイさ。」

「この結論を、人間に伝えなよ。ほら、そこに来てるぜ。僕らの会話を聴いている風変わりな人間が、ひとりだけさ。」

「そうだった、忘れてたよ。でも、ひとりだけに、伝えてもどうにもならないさ。焼け石に水だろう。この人は放って置こうぜ。」

ほっ!ああ良かった。冷や汗ものでした。 とにかく、話はまとまったようです。樹木たちは満足げに青空を見上げて、太陽に向かい背伸びしています。樹木社会に生じた格差ゆえの出世街道論のような会話はこうして一件落着したようでした。私は、樹木たちに対して、ほんのちょっぴりだけ申し訳ない気持ちを抱きつつ、雑木林からトボトボと、彼らの評する愚かな人間社会に帰ってきました。

緑の風が森を駆け抜けていく
枝を撫ぜ葉っぱをクスクスとくすぐりながら。
七色に光る雨粒が柔らかなシャワーとなり森を覆う。
感謝して木の葉が歌う幸福の調べ!
それが聴こえて心に響かせる人は豊かな日々を森からいただく。

(by 徳川悠未)